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【心理学】なぜ「美味しい」と毎日料理を作ってくれる人に言うことは大切なのか?
毎日家に帰って夕ご飯ができていると、とても嬉しいですね。
人は誰でも食事をしなければ生きていけません。
最近はコンビニ弁当も美味しくなりましたが、家庭で食べるご飯はやっぱり美味しいです。
一生懸命作ったご飯。
「美味しいね」のひと言で、とても嬉しい気持ちになります。
また頑張ろうと思います。
「美味しいね」って魔法の言葉です。
この魔法の言葉にはどんな力があるのか、心理学の視点で考えてみましょう。
昨日の晩御飯は大好きな鶏ミンチの大葉包みで美味しかったなぁ
美味しそうね!何かリアクションしたの?
美味しいを連呼して、ご飯もおかわりしました!
美味しいって言っているのね!奥さんの喜んでいる顔が目に浮かぶわ!
料理をするって実はとても大変
最近は男性も料理上手な人が増えました。
料理が上手だと、楽しみが増えます。
「美味しい」と褒められると更に嬉しいです。
趣味の料理はほんとに楽しいですが、家事としての料理は、好きなだけではできません。
毎日献立を考え、買い物をして、できるだけ時間を有効に使わなければなりません。
献立を考えるのも、栄養バランスを考えたり、子供の給食とかぶらないようにしたり、冷蔵庫の中身を確認したり、頭を使います。
更にコストも考えなければなりません。料理が苦手な人には、かなり辛いです。
最近はネットに簡単レシピも載っていますが、料理苦手な人には、ハードルが高い料理もたくさん。
それでも多くの人は、少しでもレパートリーを増やそうとしています。
料理を毎日作るのは、かなりの努力が必要なのです。
褒められると嬉しい、その心理学
そんな頑張って作ったご飯を「美味しい」と食べてもらえると、とても嬉しい気持ちになります。
「美味しい」という言葉は、「褒める」ことにつながります。
褒められると人は嬉しくなります。
その心理はどんなものなのでしょうか。
「褒められる」と人は、いろいろな気持ちを感じます。
例えば 、
1 モチベーション調整機能 褒められるともっと頑張ろうという気持ちになる。 「美味しい」と言われると、次も頑張ろうとモチベーションがあがります。
2 感情調整機能 褒められると嬉しいので気持ちが高まる。1と同じで、気持ちよく頑張ろうと思えます。
3 関係調整機能 褒められた相手に対する好感度が上がる。「美味しい」と言ってくれた相手への好感度があがります。家族の絆も強くなります。
4 自尊心形成機能 自分への関心を感じられることで、自分を大事にしようとする。 自分が頑張っていることを認めてもらえて、自分に関心を持たれていると感じます。 5 アイデンティティ確認 自分がどのような人間か考え、場合によっては自分の新しい 定義を与える。 褒められると「自分の料理、美味しいんだ」と思えるので、苦手感が軽減されたり、もっと上手になりたいと努力したくなります。
6 治療機能 自分の中でトラウマになっている点が解消される。「自分は料理が苦手」と感じている人にとっては、「自分にもできる」という気持ちが芽生え、トラウマが解消されます。
料理上手な人も苦手な人も、その人なりに努力を積み重ねています。
「美味しいね」という魔法の言葉は、その努力を認めて褒められたと感じられる言葉なのです。
まとめ
毎日ご飯を食べられることは、当たり前のことではありません。
必ず作る人の努力があるから、食べられるのです。
「美味しい」と言ってもらうと、食卓での会話も弾み、大切な家族団らんの時間になることでしょう。
なぜ、人は変わりたくないのか?
4月からお仕事で新しいことに挑戦しようと思っています。
とても素晴らしいわ!それは楽しみね!
今まで、なかなか一歩を踏み出すことが出来なかったけど、ようやく決心つきました!
それは素晴らしいわ!どういう心境の変化があったの?今日はその辺りを考えて心理学的に解説していきますね!
本来人は、前に進もう、成長しようという気持ちをもって生まれてきます。
だから赤ちゃんは自分で歩き出そうと頑張るし、中学生になって制服を着ると、うれしい気持ちになります。
ところが大人になると、成長が止まってしまう人が少なからずいます。
変わらないというのは成長もしていないということです。
成長したくないという人はいないのに、変わらないことを選んでしまう人がいるのです。
どうしてでしょうか。

変わることが怖い
子どもは怖いもの知らずです。
将来の心配も大人と比べたらほとんどせずに生きています。
遊びに夢中になり疲れても、明日に響いたらどうしようなど考えていません。
子どもだからね、と言ってしまえばそれまでです。
大人になったら、明日の生活について考えずに、簡単に財布の中身を空にするような生き方はできません。
ですから心配することが悪いとはいってないです。
ただ心配との付き合い方が、徹底的に下手な人がいることが問題なのです。
心配したほうがいいこともあります。
もしも地震が来たら心配だから、家族のために水と食料を備えます。
スピーチがきちんとできるか心配だから、原稿をかいて練習もします。
これは正しい心配の仕方です。
これでとどまっていればいいのですが、失敗を恐れるがあまり、なにもできなくなってしまう人もいます。
リスクのない挑戦はありません。
英会話教室に行くにしても、自分と相性のよい先生と巡り合えるかわかりませんし、食べたことがない料理を食べたら、おいしくない可能性だってあるのです。
未来をすべて予測などできるわけがないのに、もしも嫌な思いをしたらどうしようと心配しすぎてしまうと何もできなくなります。
何もしないことになれてしまうと、失敗をおそれるがあまり、変わることも怖くなってしまいます。
人は変わらないといけないのに、自分の変化にさえ自信が持てなくなります。
変わらない理由などいくらでもある
林修が、「人はやらない言い訳をする天才だ」と言っていました。
自分を納得させるためなら変わらない言い訳なんていくらでもできるのです。
誰かにわかってもらう必要などないのです。
自分がそれで安心できればいいのですから。
実際、部屋の模様替えをしようとして、家具屋さんで飾り棚を買ってみたけど、部屋においてみたらあわなかった場合、置いた結果満足して得る喜びの2倍のショックをうけます。
損をした時のショックの方が、得をして感じる喜びの2倍ということです。
失敗したときのショックのほうが大きいのであれば、むしろ何もしないほうがいいと思ってしまうのです。
でも誰だって失敗することはあります。
その経験に一時的にめげてしまうのは当たり前です。問題は、めげたままの状態から、抜け出そうとしなくなってしまう人がいるということです。
また失敗してショックを受けるくらいなら、何もしないほうがいいと思ってしまうのです。
その内容が、ネイルサロンがいまいちだったからもうネイルサロンにはいかない、くらいであればいいのですが、最初の就職先が合わず、辞めた後、次に就職するのが怖くなる、までいくと問題です。
何かしないと力はつきません。
しかし過去の失敗経験を繰り返したくないと恐れるがあまり、一歩が踏み出せなくなってしまいます。
引きこもりまでいかなくても、会社で自分がやる仕事の範囲をけして広げようとせず、自分はここまでしかできないとアピールします。
私はこのレベルのことしかできないと他ならぬ本人が思い込みます。
そうすることで本人は自分を守っているつもりなのです。
人間関係もけして広げようとしなくなります。
いつも顔を合わせる人と、いつも同じ話をするだけになっていくだけなので、新たな気づきはないまま、年月だけが過ぎていきます。
才能は磨かないと光らない
忘れてはならないのは、すべての人にはその人だけの役割や才能が与えられているということです。
それが何なのかという答えは自分で出さないといけないです。
もしかしたら自分なりに頑張っている中で、ふと振り返った時わかるものかもしれないです。
漫画やドラマではないので、たまたま偶然、誰かに才能を見出してもらえるわけではないのです。
そんな奇跡を待っていても大乗なほど、人生は長くありません。
どんな人でも、生きていれば必ず試練の時があります。
なんで自分だけと人は考えてしまいがちですが、他人からは見えないだけですべての人に試練の時はあります。
分かれるのはここからです。
試練に立ち向かう人と、逃げる人がいます。立ち向かうことで、人は磨かれ、削られ光っていくのです。
宝石の原石は何もしなかったら光りません。
忘れてはならないのは、どんな試練も振り返れば決して無駄な試練はないということです。
涙が報われる時は必ず来ます。
あとはそれを信じることができるかどうかです。

まとめ
与えられた能力をいかせずに終わってしまうのはもったいないです。
変わるために必要なのは一歩踏み出す勇気です。
勇気が持てないという人もいるでしょう。それならば、まず、ほかのだれでもない、あなた自身が自分の可能性を信じてください。
可能性を信じることができた時、あなたを助けてくれる人も必ず与えられます。
あなた自身が、自分の可能性を信じなかったら、誰もあなたの可能性を信じてはくれません。
でも大丈夫です。
考え方のシフトチェンジは、この瞬間にだってできるのです。
なぜ、子育ての大変さが男性にはわからないのか?
現在、子育て中です!子供の成長が毎日とっても楽しいです
楽しいかもしれまんせが、奥さんの気持ち考えたことある?
少しでも大変な気持ちを分かってあげることができればと思って、できることをしようと思っています
それは素晴らしいわ!でも、何かするとかではなくて、「気持ちを考えたことがある?」って聞いているの!今日はその辺りも考えて解説していきますね!

なぜ子育ての大変さが男性にはわからないのか?
子育てって大変ですよね。
なにが大変と言えば、とにかく自分の思い通りにはいかない、100%子供に合わせなければならない、自分の時間は全く取れない、この状況はとても辛いです。
仮にお父さんがとても協力的であっても、できることとできないことがあります。
仕事の都合で、家にいる時間が短い人ならば尚更です。
協力するつもりがあっても、子供と接している時間が短ければ、どうしたらいいかわからないのは当然ですね。
お母さんはなぜ、ひとりで子育ての責任を負う状態になってしまうのでしょうか。
男性は本当に、子育ての大変さがわからないのでしょうか。
心理学の視点で考えてみたいと思います。
妊娠から出産にかけての女性の心理
赤ちゃんを家族に迎える喜びは、人生最大の喜びのひとつと言っても過言ではないと思います。
赤ちゃんの誕生は、まずお母さんが妊娠に気づいたところから始まります。(現在は不妊治療によって赤ちゃんを迎えるケースも多く、その場合は妊娠前からの気持ちの流れもありますが、この話ではあくまでお父さんが子育ての大変さがわからないという話がメインですので、妊娠してからの話で進めていきます。)
女性は妊娠すると、体の調子が悪くなったり、心が不安定になったり、これまでとは違う自分に直面します。
これは辛いことですが、反面自分の胎内で赤ちゃんが育っていることを実感することでもあります。
ことに赤ちゃんの胎動を感じるようになると、その喜びは更に大きくなります。
つまり、女性は妊娠した時点で、すでにお母さんになるための心の準備が始まっています。
これに引き替え男性は、赤ちゃんができた喜びを感じていても、自分の体調や生活が大きく変わることはあまりないので、実感をなかなか持てません。
男性の場合は、やはり赤ちゃんが誕生した時点が、親になるためのスタートになります。
つまり、女性と男性では、妊娠中からすでに親になるための心の変化の仕方が全く違うのです。
乳児期、幼児期の発達心理学
さて、男性と女性では、親になるためのスタート地点が違うという話をしました。
次は、赤ちゃんの発達心理学の視点で考えてみましょう。
赤ちゃんが生まれつき持っている能力は、お母さんとの愛着関係を築くために大切なことがたくさんあります。
赤ちゃんは、すぐには目がよく見えないといいますが、30㎝くらいの距離はよく見えるようです。
授乳の時に、抱っこしているお母さんの顔が見える範囲です。
赤ちゃんは、お腹の中でお母さんの声を聞いています。
また高い声によく反応するので、お母さんからの声かけに、よりよく反応します。
愛着関係とは、赤ちゃんが不快を感じたら、泣いて注意を促して不快感を取り除いてもらうことで、自分を愛して守ってくれる人への信頼感を持ち、赤ちゃんから信頼されることでお母さんもより赤ちゃんに愛を感じるという、相互関係によって発達します。
愛着関係は、実の母でないと築けないのか、というと全くそんなことはありません。
例えばお父さん、祖父母、保育士、大切なのは、赤ちゃんが泣いてサインを出した時に、そのサインを受けとめてくれる特定の人との愛着関係が築ければいいのです。
まずは1人の人との愛着関係を築き、それから広がっていくのです。
その特定の人は、多くの場合はお母さんだということです。
お父さんだって子育て上手になれる
お母さんに比べると、お父さんには不利なことが多いです。
声が女性に比べれば低いこと、体の感触が、女性に比べれば硬いこと、子供と接する時間が短いこと。
それでも頑張って育児に参加するお父さんはたくさんいます。
ところが、突然やってくる大きな壁があります。
いわゆる「人見知り」です。
昨日まで、あやせば笑ってくれた赤ちゃんが、ある日突然、顔を見ただけで泣き出したり、抱こうとすると嫌がったりします。
お父さんにとってはショックですし、赤ちゃんとの接し方がわからなくなり、その後の育児をお母さんに任せきりになってしまう、ひとつの要因になります。
この人見知りですが、言葉を換えれば「お母さんとの愛着関係が成立した」ということです。
お父さんがいやなのではなくて、「お母さんがいい」だけなのです。
だから、この時期をうまく乗り越えれば、赤ちゃんはちゃんと「大好きなお父さん」を認識します。
ここでお母さんにゆとりがあれば、無理をしないで赤ちゃんが育つのもひとつの方法です。
でもお母さんが育児に辛さを感じているのであれば、お父さんがちょっと頑張ってくれると、お母さんにとって大きな支えになります。
なにができるかと言うと、「お父さんとお母さんは仲良しで、赤ちゃんのことが大好きだよ」と示すことです。
お母さん、お父さん、赤ちゃんの三人で遊ぶのです。
歌を歌いながら手遊びしたり、お母さんとお父さんで交互に抱っこしたり、みんなで絵本を読んだり、一緒に遊んで、「大好きなお母さんと、お父さんは仲良し」だから「お父さんも大好き」な気持ちを育てるのもあると思います。
赤ちゃんの人見知りを家族で乗り越えたお父さんは、その後も子供とよい関係を作れます。お母さんと赤ちゃんが築いた愛着関係が、お父さんにも広がるということです。
これができたら、最強のお父さんと言えるでしょう。

まとめ
長くなってしまいました。
お父さんはお母さんに比べると、子育てするにはちょっと不利かもしれません。
でも子育て上手なお父さんはたくさんいます。
そんなお父さんが増えて、頑張っているお母さんの大変さを支えてくれたらいいな、と願います。
なぜ、「予約客がこない」という無断キャンセルが起こるのか?
学生時代、駅中の飲食店でアルバイトしてたときに、予約してから無断キャンセルされたことがあってホント困った経験があります。
そうなの!それは困ったね!
なぜ、そんなことしたのか、考えられないです!
分かったわ!それでは、なぜそんなことが起こるのか?今日は解説しますね!

無断キャンセルによる被害総額が2億円と聞き、皆さんはどう思われますか?
無断キャンセルがそんなにもあるのかと、びっくりされた方も多いと思います。
あまりの金額なので、その中にドタキャンも含まれるのかと思ってしまいましたが、たとえドタキャンであっても、キャンセルの連絡を入れている以上は、無断キャンセルではないのでカウントされていません。
なぜこんなにも無断キャンセルが起きてしまうのでしょうか。
ただのミスの可能性も高い
ただ人間どうしても、ついうっかりはゼロにできません。
私も会議の日程を1日間違えてしまったことがあります。
聞き間違いや言い間違い、勘違いをゼロにできるわけがないです。
店側にしてみれば、なんで来ないのだ、となります。
客側にしてみれば、予約はその日にしたつもりではなかったなど、最終的にどちらのミスかわからないまま終わることもあるでしょう。
対策として、インターネット予約にして後からでもチェックできるようにするとか、前日に確認メールを送り、うっかりミスが起きる可能性を減らすなどがあると思います。
人間は忘れるようにできています。
生きていれば、忘れたほうがいいことも嫌というほど起きます。
自分の心を守るために、忘れるのも一種の自己防衛です。
ですから、何で忘れるのか、と自分を責めても相手を責めてもつらいだけです。
人間は誰でも忘れる可能性があることを前提に、段取りを組むほうが賢いです。
幸い、今の時代はITというありがたいツールがあります。
活用できるものはどんどん活用し、無用なトラブルを減らしましょう。
ただのミスなら許せるが
世の中、自分は絶対ミスをしないと言い切れる人はいません。
もしいたとしたら、その人は絶対、勘違いをしています。
ただのミスが原因なら、さすがにその場は文句の一つも言いたくなるでしょうが、それほど引きずることもないでしょう。
しかし、中には悪意があって無断キャンセルを仕掛ける場合があります。
最初から行くつもりもないのに、予約をいれてしまうのです。
動機は、以前にその飲食店を利用したときに、嫌な気分を味わったということもありますし、ライバル店の嫌がらせという場合もあります。
以前にその店で不愉快な感情を抱いた理由は、もしかしたら本当に店側の対応が悪かったかもしれません。
だとしても無断キャンセルという報復は許されません。
なぜなら、無断キャンセルによって発生した損失は、最終的に他のお客様の利用料金に上乗せされる可能性があるからです。
店側としても、利益を出さないと経営が維持できませんから、損失を穴埋めする必要があります。
無断キャンセルという報復手段に出た方に対し、店側の不手際で本当に失礼な行為があったのかもしれません。
だからといって、全く関係ない別のお客様に迷惑をかけていいとはならないのです。
にもかかわらず、無断キャンセルという手段を取ってしまうのは、自分の気持ちを落ち着かせるためなら他人の迷惑などどうでもいいという、間違った優越感の持ち主だからです。
一言で言ってしまえば自己中ということになります。
ライバル店の嫌がらせにいたっては、まったく弁解の余地はないです。
そんな姑息な手段に訴えるような姿勢だから、自分の店の売り上げが伸びないといいたいですが、そもそもその事実をわかってみえる方なら、そのようなことはしないわけでして・・・。

まとめ
無断キャンセルが近年すごく増えた、というわけではないです。
というのも、悪質な無断キャンセルより、ヒューマンエラーのケースのほうが多いからです。
人間がミスをする頻度は時代が変わったからといって、それほど変わるものではありません。
SNSの進歩で、店側の無断キャンセルに対する悩みが多くの人の知るところとなりました。
最近では、無断キャンセルをネットに投稿することで、お店のためにと来店してくださる方もいるとのことです。
悪質な無断キャンセルをするような方々は、自分の気が済むならほかの人がどんな思いをしようが知ったことではない、という思考回路の持ち主なので、店側の努力で何とかなるものではない可能性が高いです。
一方で、お店の損失にならないようにと、ネットを見て好意で来店してくださる方もいるのです。
自己中な方をどうにかしようとするより、店のために力になりたいといってくださるお客様を増やす努力をしたほうが、結果的に得をする気がします。
なぜ、「ゲームに熱中し、食事を与えず死亡」のような事が起きるのか?
ゲームってやりだしたら、「あと少しあと少し」ってついついやりすぎてしまうんですよね!
そう言えば、ふとすき間時間にあなたを見るといつもゲームしているよね!
ん~ついついやってしまうんですよね!時間を忘れるぐらい熱中してしまうこともあるんですよね!
分かったわ!それでは、なぜそんなことが起こるのか?この前ニュースで紹介されていた事故をベースに解説しますね!
2017年10月、ゲームに熱中しすぎた結果、1歳1か月の息子の世話をおろそかにしてしまい、挙句に死亡させたとして、両親が逮捕されました。
いくらゲームに熱中したからといって、わずか1歳の我が子にろくに食事も与えずに死亡させてしまうなど、普通に考えたらありえないです。
この事件に限らず、ゲームにお金を使いすぎ強盗をするなど、ゲームが原因で常識では考えられない事件が起きます。
これは一体どういうことでしょうか。

ゲーム依存という病気
生活の中の楽しみとして、ゲームをするのは全く問題ないです。
ゲームは何かと悪者にされがちですが、上手に使えば認知症予防にもなります。
子どもにとっても試行錯誤しながらクリアすることで培われる能力もあります。
今はゲームを仕事にしている人もいて、そのためにかなりトレーニングも積んでいる方もいます。
それも立派な職業だと思います。
なんでもそうですが、付き合い方なのです。
付き合い方を間違え、日常生活を破壊してしまうくらいのゲームにめりこんでしまう人にとっては、ゲームは「毒」といっても過言ではありません。
ゲームに熱中するあまり、犯罪にまで手を染めたとなると、自分の人生を台無しにしたというだけではすみません。
これは世界的にも問題になっていて、2018年6月にWHOは「ゲーム依存症」を精神疾患として認定しました。
つまり、ゲームで家から出ることができず生活が成り立たなくなってしまったり、借金で首が回らなくなるような状態は病気だということです。
ですから、自分や家族だけで治そうと思っても治らない可能性が高いのです。
ゲームに熱中しすぎてしまうので、人間関係はオンラインのみとなります。
顔を合わせる人間関係は消滅してしまうのです。
学業もおろそかになります。
仕事にも支障をきたすようになります。
挙句に頭痛や倦怠感などの身体症状まで出てきます。でもゲームがやめられないのです。
スマホのゲームで、これ以上課金したら払えなくなるとわかっていても課金してしまうようになるのです。
依存症を甘くみてはいけない
ゲームに限らず、依存症は人生を破壊します。
アルコール依存やギャンブル依存を思い浮かべればイメージしやすいと思います。
ゲームはアルコールと違い、昔からあったものではないので、依存症とは結びつきにくいかもしれませんが、深刻さは同じです。
依存症とは、人生の主役を、ギャンブル中毒の方はギャンブルに、アルコール中毒の方はアルコールに明け渡してしまっている方のことです。
ゲーム依存の方は人生の中心がゲームになってしまっているのです。
人生の楽しみとしてゲームをやっている分には、ゲームは人生の主役になっていないので、少々はまっていてもそれほど目くじらを立てることはないと思います。
しかし依存症となると話は変わってきます。
ゲームのために生きている状態なのです。
それでは主体的な人生など生きられません。しかしここが依存症の厄介なところですが、自分の意思だけでやめられるものでもないのです。
ゲームのために生きている状態から、自分の力だけで脱することなどできません。
怒鳴りつけたりして何とかなるものではないのです。
できるだけ早く専門家の助けを得る必要があるのです。

まとめ
良くも悪くも、人は、自分だったらどうだろうか、という基準で考えがちです。
たいていの人は、ほどほどにしかゲームをしていません。
ですから、その気になればセーブできるし、説得すればわかってくれる、自制できるはずと思ってしまいます。
その視点で見ると、ゲーム依存の人が理解できません。
アドラー心理学は、相手の視点で物事をみることが大切だといっています。
自分だったらゲームをやめられるかどうか、は依存症に関しては何の基準にもなりません。
完全に理解することはむつかしいですが、依存症の方の気持ちになり、考えてみて下さい。
心の隙間をゲームで埋めている状態から解き放たれるには、まったく別のもので、心の隙間を埋める必要があります。
依存症の専門医と相談しながら、自分の心の隙間を見つめる勇気が持てたとき、依存症から一歩抜け出すことができます。
その気になれば、克服できる力が備わっていることを、依存症で苦しむ本人が信じることができ、自分の人生を取り戻すことができることを願います。
【必読】あおり運転をする人を心理学的に解説!
あおり運転って他人事ではないですよね!この前、コンビニから道路に出る時に、良いタイミングだと思って出たら、クラクションを何度も鳴らされて怖くなりました。
何気ない行動でも、他人にとってはストレスに感じることもありますからね!
それは分かっているつもりですが、それにしても怒り過ぎでしょ!って思ってしまうのですが、なぜなんでしょうか?>
分かったわ!それでは、今日はなぜあおり運転が起きるのか解説していきましょう!

人はなぜあおり運転をするの?
最近なにかとニュースになるあおり運転。
あおり運転は危険だと言われているのに、人はなぜあおり運転をしてしまうのでしょうか。
あおり運転をする心理について、見ていきます。
あおり運転とは
あおり運転とは、一般的に、前の車との車間距離を詰めたり、ハイビームやバッシング、不必要なクラクションを使ったりすることで、前方または周囲の車を威嚇・挑発する行為とされ、事故を誘発する危険な運転です。
ニュースでは、あおり運転をした理由が「進行を邪魔されて腹が立った」とか「追い越しされそうになった」とか、なぜそんな些細なことでと不思議に思えます。
では、そうした危険な運転をした人が特別にキレやすいのかと言うと、そうではなく、誰もがあおり運転をする可能性があるのです。
あおり運転をしてしまう心理とは
よく聞く話ですが、「ハンドルを握ると人が変わる」とか「運転には人柄や性格が表れる」と言います。
実は車の運転中は、脈拍や血圧が上昇して神経が高ぶるので、感情的になりやすいのです。
ですから、ちょっとしたきっかけがあると、かっとなって仕返ししたくなる気持ちが抑えられなくなってしまいます。
車を運転している時は、次のような心理が働きます。
まず「ユニフォーム効果」と言って、警察官や消防士がユニフォームを着ている時にはそのユニフォームに合わせた行動をとるように、運転中には自分が強くなったと感じて、勇敢な気持ちになったり攻撃的な心理状態になりやすいのです。
特に大きな車や高価な車に乗る人は、その傾向が強いと言えます。
次に「プライベートな空間であること」が挙げられます。
自宅などのプライベートな空間にいる時、人は他人の目を気にせず自由に行動します。
車の中は「第二の我が家」と言われるくらいプライベートな空間なので、気持ちのコントロールはしにくくなります。
そして一番大きいのは「匿名性」です。
車の中では、自分が誰なのか相手にわかりにくいので、自制心が弱くなりがちです。
またお互いに車に乗っているので、あおり運転をした時に相手の恐怖感がわからないので、抑制心が働きにくいです。
また、なにかあっても逃げることができるという気持ちも働きます。
あおり運転には、この三つの要素が強く働くので、ついつい普段ならしないことをしてしまう結果になり、大きな事故に結びつくと「そんなつもりではなかった」と思うのも当然のことです。
あおり運転は、やっている人には罪悪感がなく、きっかけがあったから仕返ししているという自分への言い訳ができてしまうので、今後どのように対応していけるのか難しいところです。
あおり運転の被害に遭わないためには
あおり運転の被害に遭わないためにはできることは、まず常識的な運転マナーと交通ルールを守り、安全運転に徹することです。
そして、あおられても挑発にのらない自制心が大切です。
もし万一あおり運転に巻き込まれた時は、決してドアやウィンドウを開けず、即座に警察を呼びましょう。

まとめ
あおり運転は、決してキレやすい人がするわけではなく、誰もがしてしまう可能性があります。
あおり運転のきっかけは、運転中だけに起きる訳ではなく、嫌なことがあった後や心配事を抱えているなど、気持ちが落ち着かない時は、ちょっとしたことで腹が立ってしまう場合もあります。
自分も加害者になる可能性があることも、充分認識して、安全な運転を心がけたいですね。